今週、【大玉村 #3】神田ファームの神田和明さん家族についてレポートしました。写真と記事で、どれほどお伝えできたか分かりませんが、滞在中はもちろん、帰ってきて記事をつくっている間も、すこぶる気持ちが良い時間になりました。つくづく「良い家族だなぁ〜」と思います。
この「気持ち良い」というのはあいまいな言葉ですが、もう少し毎日の暮らしの中で「気持ち良いという気持ち」に素直になるって、大事なんじゃないか、と最近よく感じます。
もちろん農家さんのレポートですから、つくる野菜が「おいしい」かとか、高いか安いかという要素も大事ですが、それと同等以上に、そこにいて「気持ち良い」のか、話していて「心地よい」人なのかって、実はあれこれ考えるより遥かに、直接的に、「幸せな暮らし」につながっているように思うのです。
仕事をしていると、ついビジネス的都合から「この人と付き合った方が良いか(得か損か)」のように、人を「機能」や「損得」で判断してしまいそうになりがちです。
でも、そんなことより、素直に「気持ちよく」感じられるかどうかに意識を向ける方が、人との関係は良好になるし、幸せに一歩近づく… そう感じます。カッコつけて、スティーブ・ジョブズの言葉を借りれば、
インドの田舎にいる人々は僕らのように知力で生きているのではなく、直感で生きている。そして彼らの直感は、ダントツで世界一というほどに発達している。直感はとってもパワフルなんだ。僕は、知力よりパワフルだと思う。この認識は、僕の仕事に大きな影響を与えてきた。
もっと、直感や感性を見直し、「美しい」や「気持ちいい」と思う心を大事にした方が、生活は(実は仕事も?)もっと快適になるのでは、と思います。(ただし、仕事で「なぜ、そうしたか?」と上司や取引先に聞かれたとき、「勘です」と答えると信用を失うので要注意ですけど… 笑)
なぜこんなことを書いているかというと、神田さんに「どうして、こんなに個性的な野菜を好んでつくるんですか?」と訊いたときの答え 「だって、キレイじゃないですか」 が、妙にスト〜ンと、腑に落ちたからです。
「高く売れるから」とか、「作りやすいから」とか、「おいしいから」でもない。「キレイだから…」。 その気持ち、心持ちが、ものすごく心地よいのです。
長らく(少なくともビジネスシーンにおいては)、ロジカル(論理的)であること、実証可能で効率的であることが、正しくて、善いこと、とされてきました。やもすると、“日本的経営” は感情を斟酌するから非効率で、非生産的という人さえいました。でもその結果、どうだったでしょう?
周りとの関係はギスギスし、合理化という名のもとに相手の気持ちを慮ることまで省略(ムダと)され、会社にいくのは気が重い…… ま、皆がみな、そうではないですが、そんなケースがごく一部の例外ではなくなってしまった。
「美しい村」を巡っていると、そんな “相手の気持ちを慮る” こと(かつてはたしか「美徳」とされていたこと)に触れる機会が多く、今回の神田さんの言葉のようにハッとさせられるのです。そのため、ちょっと個人的な感想を述べました。
「田舎は自然がキレイで、人がいいわねぇ〜」という、短絡的なことを言いたいのではなく(田舎にも悪い人はいます… 笑)、「美しいもの」をズバリ直感的に大切なものとして扱ったり、「お互いさま・おかげさま」の気持ちが暮らしの潤滑油と分かっているからこそ疎かにしない生活の知恵とか、そういうことに旅に出ると敏感になるようです。
これって本当は、都会にも勿論あって、大切にしている人もたくさんいる。ただ、気付きづらくなっている、ということなのでしょうね。なのでときどき旅に出て、「あっ、そうそう」と再確認するのは大事なんだと思います。(そして、ちょっとだけ、毎日が幸せになる……?)
という訳で、当サイトでは今後も「美しい村」の「気持ちいい人」をご紹介していきます。
お楽しみに。
【今日のオススメ本】
世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 経営における「アート」と「サイエンス」(山口周・著)
タイトルがいささか軽薄で、ありがちなハウツー本を思わせますが、中身は全く薄っぺらくありません。芸術分野の人がアートの大切さを説く本でもありません。バリバリ外資系コンサルの人が、現代のように急激に変化するビジネス界において、なぜ「サイエンス」よりも「アート」が重要になるか、明晰に述べています。
「経営にサイエンスを」導入し、数値化・指標化することで “合理的かつ近代的” 経営が実現するとしたMBA的手法の陥穽を浮き彫りにし、「美意識」や「真・善・美」という「審美眼」が、ますます重要になると指摘。その説明がとてもクリアーで、企業リーダーやビジネスパーソンにとって読む価値ありの一冊です。
「ビジネス書大賞2018」準大賞 受賞