小辺路観音様

【十津川村 #4】世界遺産・小辺路脇にたたずむ「天空の里・果無」(はてなし) は、文字どおり果てし無く遠く、神秘的

「なんで、こんなところまで上って(逃げて)こなければ、いけなかったのだろう…」
途中、何度も考えた。

「もうここらで良いだろう…」 と思える場所は、途中いくつもあったのに、ついにこんなにも遠い山の上までたどり着いてしまった。

平家落人伝説は各地にあるが、山をいくつも上り、下り、谷を越え、それでもまだ「ここでは(安心でき)ない。もっと遠く」へと、歩み続けねばならなかったということか。

本当に果てしない、地の果てかと思える山の上まで来てようやく、人は自らに住むことを許した。

そこが奈良県十津川村の文字通り「果無(はてなし)」という名の里である。

 
今もその地に、住みつづける人がいる。
その民家の軒先の小路が、今や「ユネスコ世界遺産」だ。

世を捨て、人と会わぬよう、見つからぬようにとたどり着いた先が、世界中から注目される「遺産」になるとは、なんとも不思議な話だ。

故人が知ったら、さぞ驚くことだろう。

「道」としての「ユネスコ世界遺産」は、世界に2つしかない。1つがここ「小辺路(こへじ)の参拝道」であり、もう1つがスペインにあるキリスト教の聖地「サンティアゴ・デ・コンポステーラ」だ。

この2つの道は、聖地への巡礼路という共通項があるものの、そのおかれている環境はまるで異なる。「小辺路」は、真言密教の総本山・高野山と熊野本宮大社という2つの聖地をつないでおり、その間に広がる紀伊半島の山々も霊験あらたかな地だ。

一方のサンティアゴ・デ・コンポステーラは、フランスからスペインを横断する巡礼路で、終着地であるその町は人口9万人を超すスペイン有数の都市だ。大学の学生だけで3万人もいる(9万人の人口とは別に)。

華やかな宗教都市であり、芸術都市であるサンティアゴ・デ・コンポステーラに対し、参拝路沿いにある「果無集落」のなんと慎ましいことか。集落の戸数は10に満たない。

ひっそりと、山の中に暮らしている。

「世界遺産」と刻まれた立派な石塔があるものの、すぐそばの民家の軒先には洗濯物が干されている。ユネスコ世界遺産というきらびやかなイメージとは対照的に、慎ましい“ふつうの日本の暮らし”がそこにある。

「自然の景色は、全てを呑みこみ黙しているが、その気になって付き合えば、ついには口をわってくれる」(白洲正子)

民家はごく僅かなので、すこし歩くとすぐに集落は終わり、ふたたび森閑とした森に出る。そこでまた冒頭の

「なんで、こんなところまで上ってこなければ、いけなかったのだろう…」「(里へ)下りようとは思わなかったのか?」という疑問が浮かぶ。ところがだ。

いざ、自分がこの森の中に足を踏み入れてみると、わずかだが疑問の霧が晴れるのを感じる。「もしかしたら寂しくなかったのかもしれない…」 そう思ったのだ。

随筆『かくれ里』で、白洲正子はこういっている。

かくれ里というのは「世を避けて隠れ忍ぶ村里、とあり、民族学では、山に住む神人が、冬の祭りなどに里へ現われ、鎮魂の舞を舞った後、いずこともなく去っていく山間の僻地をいう。
謡曲で「行くへも知らずなりにけり」とか「失せにけり」というのは、皆そういう風習の名残であろう」

つまり、山は神々が棲む処。木にも草にも神が宿っていた。その神々と人は、隣り合わせで暮らしていた。「会話」もしたし、踊りもしたのだろう。

自然の景色は… すべてを呑みこんで黙しているが、その気になって付合えば、ついには口をわってくれるものと、私は信じたいし、信じてもいる。

少なくとも、昔の人たちは、そうすることによって、思想をやしない、あのようにしっかりした言葉と形を生んだのであった。
(白洲正子『かくれ里』より)

 
今も「小辺路」には、人の姿が絶えない。
決して大勢が押しかけることはないが、寒い冬の季節にも、1人2人と往く人がいる。

スペインの芸術都市へ続く巡礼路と違い、行く先に多くの人の姿はないが、ここでは終着地が目的ではなく、その途上にこそあるのだろう。

白洲流にいうと、「山気の中に惻々(そくそく)として迫って来る」ものがある。

それらはやはり、黙して語らずだが、だからこそ聴こえる声もある。そんな心の中の「声なき声」を聴きながら進んでいくと、道端にひっそり佇むものがある。観音様だ。

その姿はハッキリと見え、自然と手を合わせたくなる。
そしてまた、往く。そのくり返し。

その途上で、何かを見て、感じ得ようとする。

そういえば、熊野本宮から吉野へつづく大峰奥駈は、起死回生の「よみがえりの道」だったという。こうして山の神々に近づくことで、見えてくるもの、救われる想いがあったのだろう。この場に立ってみると、何となくだが、その想いが分かるような気がする。

やはり、十津川村の「小辺路」と天空の里「果無」(はてなし) は、とても美しく、神秘的だ。

「果無集落(熊野古道 小辺路)」
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【住所】 奈良県吉野郡十津川村桑畑223

※ 小辺路の見学は、特に休日等はなく自由ですが、十津川村の語り部が巡礼路を案内してくれる「グリーンウォークツアー」を「十津川村鼓動の会」が行っています。
詳しくは、下記事務局へお問合せください。
【TEL】 090-8937-6920

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