にっぽんマルシェ通信
小さな山あいの村に、アメリカの有名大学院(MBA)を卒業した若者が帰ってきた。村の特産品・リンゴを作りつづけるおじさんを見つけ、訊ねた。
「いいリンゴですね。1日にどのくらい働くんですか?」
「たいして働いてないよ」
「じゃぁ、1日なにしているんですか?」
「だいたい陽が高くなるまで寝ていて、起きたら畑に出て、戻ったら子どもと遊んで、昼寝する。夕方になれば友だちと飲んだり。それで夜になったら寝る。そんなところかな…」
「もったいない。もっと働いて、収量を上げればいいじゃないですか?」
「それでどうするの?」
「自分で食べる以外は、売るんですよ。それでお金を貯めて、園地を広げ、人も雇う。収量が増えたら、今度は付加価値をつけて、ブランド化する。加工場を建てて、商品をつくるんです。そうしたら収益性がグッと上がり、通年販売できる。都会へも販路を広げ、上場もできるかもしれない」
「そうして、どうするの?」
「会社を大きくして、ピーク時に売却するんです。巨万の富が得られます」
「それで?」
「そうしたら、もう悠々自適です。好きな場所に住んで、のんびりと気の向くままに暮らせる」
「そんな暮らし、もうやってるよ」
ー ー ー ー ー ー ー
これはもちろん、中川村の実話ではない。 海外でも有名なジョークで、「メキシコの漁師」などいろんなバージョンがある。
中川村の農家が、こんなにのんきに暮らしているといったら、地元の人に怒られてしまう!
ただ、それでもこの話をしたのは、なぜか中川村には人を引きつける魅力があって、「自分のおもう 心地よい暮らし」を実践している人が多いからだ。
村へ移住する若者も多くいる。 とくに、芸術家肌の人を引きつけている。
それらを許容する、おおらかさが中川村にはある。
中央アルプスと南アルプスに挟まれた、人口約5,000人の小さな村。なにか目玉になる観光施設があるわけではないが、村内はどこも整然とした佇まいで、なにげない景色が絵になる。
周囲の町村も同様に伊那谷(いなだに)とよばれる盆地にあるが、中川村に入ると、にわかに雰囲気が変わる。
道端に花が植えられ、草木は刈りこまれ、手入れが行き届いている。「なんか(他所とは)違う…」と伝わってくる。
ひと言ではとらえ難いが、そんな「芸術家に愛される村」に代々暮らす人々と、この磁力にひかれ移住した人たち(U I ターン)を通して、その魅力を探りたい。
とんでもない人に出会ってしまった。 ハチと話しが出来るという。
にわかには信じがたいし、テレビで見たら、絶対インチキと疑うだろう。
ところが、富永朝和さん(80)と直接会って、巨大な異型のハチの巣を目の前に見せられたら、否定する方がむしろ難しい。
なにしろ、世界最巨とされる胴回り 6.6メートルのハチの巣が、目の前にある。その存在感は、圧倒的だ。表面には、大きく「ハチ」の字が浮かび上がっている。
人が彫ったものではなく、明らかにハチの手(!?)によるもので、巣の一部になっている。
2年がかり、114匹の女王蜂と約50万匹ものスズメバチとの合作という。
「ありえない!」と、大学教授をはじめ昆虫生態の研究者たちは口を揃える。
しかしその「ありえない!」が、目の前にある。
「ハチ研究家・富永朝和さん」について、もっと読む
村民に愛される、中川村のシンボルが、陣馬形(じんばがた)山。 山頂付近まで車道が通っているので、誰もが気軽に息を呑むほどの絶景を楽しめる。
その山頂展望台へ向かう途中、まるでベースキャンプになるかの場所に「basecamp COFFEE」(ベースキャンプ・コーヒー)はある。
お店を営む伊藤聖史(たかし)さん・奈都子(なつこ)さん夫婦は、札幌で出会い、暮らしていたが、7年前に聖史さんの祖父母の実家・中川村にUターンした。
「じいちゃん、ばあちゃんの頃から専業農家で、僕自身は大学・就職と故郷を離れていたから、たぶんもう帰ってこないって思ってたんです。」
「でも、うちも含め、周囲の田んぼや畑は、担い手がいなくて荒れていく。この故郷が失われていくのは、イヤだな… と。せめて自分のところだけでも大事にしたい。」そう思ったという。
ちょうど自宅近くに、農協の店舗が使われなくなっていた。直接交渉にいき、幸いにも借してもらえることになった。
2人で少しずつリノベーションし、古い店舗がオシャレなカフェに生まれ変わった。
今は、近所の80才をこす、じいちゃん、ばあちゃんたちがコーヒーを飲みにくる。村外からも「あそこのスープカレーは旨い!」と評判を聞きつけ、人がやってくる。
まさに「ベースキャンプ」「憩いの場」になりつつある。
「ここには移住して工房を開く人、農家やパン屋になる人、いろんな人がいて、うまくつながっています。このいい循環が今後もさらに広がっていけば……。」伊藤さんは語る。
「basecamp COFFEE」について、もっと読む
陣馬形(じんばがた)山から中川村・中央アルプスを望む
中川村のことを調べるうちに、もの凄くおいしそうな天然酵母パンを焼くお店に出会った。
リンゴ、山芋、にんじん、ご飯からできた酵母をつかって焼く。パン屋さんはいろいろあるけれど、多くはやわらかな菓子パンや惣菜パンが主流だ。
ヨーロッパのように食事のメイン(主食)となり、野菜や肉料理と合わせてもしっかり小麦の風味をきかせてくれるハード系パンは、日本ではまだ少ない。「こねり」では「カンパーニュ」などのハード系食事パンがメインだ。
「ときどき作る」という、豆乳入り自家製カスタードのチーズケーキもむちゃくちゃおいしそう。「ここに行きたい!」と思った。
お店は、村の田園風景を見下ろす、小高い丘の上にある。 5年間探しつづけて、ようやく見つけたという。
「もともと友だちが住んでいたんですけど、“出るので、どう?”といわれて。」
来てみたら、まさに「ここだ!と思った」と、大池達也さん(51)は語る。
元々は、奥さんのさおりさんと共に、名古屋でグラフィックデザイナーとして働いていた。当時は「仕事の目標をゴールにしていた」という。
でも「本来もっと大切なゴールって、何なの?」「“自分たちが心地いい” と思う暮らしって?」という声に向き合ったとき、自然豊かな場所への移住を決めた。
はじめは安曇野や白馬など、名のしれた田舎を考えていたが、その足がかりにしようとした中川村にはまってしまった。その理由は……
「暮らしの工房 こねり」について、もっと読む
中川村唯一の展望風呂付ホテル「望岳荘」のパンフレットには、「リンゴとハチミツの里 信州中川村」とある。
村の主産業は農業で、冬の寒さが厳しい信州において、中川村のある伊那谷の気候は比較的温暖。それでいて1日の温度差は大きいので、昔からよい農作物がとれる地とされてきた。
さまざまな野菜・くだものが育てられるが、1番のメインはリンゴであり、ハチミツなのだ。
ハチミツについては、【中川村 #1】「ハチと会話し、楽園をつくる!ギネス級のハチ研究家・富永朝和さん」で紹介したが、中川村のリンゴといえば誰か…?
出会ったのが、「森越農園」を営む宮崎政彦さん(50)だ。
長野県のリンゴ生産量は、青森県についで全国第2位。県内では、長野市をはじめ、松本市や安曇野市などが産地として知られるが、ここ中川村も規模こそ小さいが、品質では決して劣らない。
「従来のやり方に頼っているところは、多くが衰退してしまっているね。独自で販路を広げたり、栽培技術を磨くとか工夫を重ねないと、いくら気候や土地がいいといったって、それだけではやっていけない。当たり前だけどね」
宮崎さんは、そういって笑う。
リンゴ農家の3代目となる宮崎さんだが、かくいうご本人も他に先駆けてリンゴのわい化栽培技術(※1)を導入し、人手をかけずに収量を上げることに成功している。
※1 わい化栽培技術:剪定や接ぎ木の技術を生かして、リンゴの木を小型に仕立てる方法。収穫作業や労働性向上につながる。
近日公開 乞うご期待!