“ このスタイルは、フランスにもあります。 「Table d’Hote|ターブル・ドット」といいます。
田舎の家庭に行って、家のオーナーと訪問者が一緒に食卓を囲むのです。
人生を豊かにする、幸せを生む時間といわれます。”
フランス料理人 ドミニク・コルビ
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「In Search of Japan’s Beauty 〜 美しい日本を探して|出雲・石見銀山 篇」もいよいよ終盤。旅の目的地『暮らす宿 他郷阿部家』で夕げのときを迎えます。
イタリアン マンマの味 とか、フランス ブルターニュ地方 伝統の味 と聞くと 「おいしそう!」と思うのに、日本の郷土料理には胸を張れない……。
食材も食文化も、日本の田舎が欧州の田舎に劣るわけでは決してない。それなのに、この差はなんなのか?
そんな疑問からスタートした旅は、ここでひとまずの “答え合わせ” を試みます。
そのテーブルについたのは、フランス料理界の巨匠 ドミニク・コルビ氏 と『暮らす宿 他郷阿部家』の家主 松場大吉・登美ご夫妻。
コルビ氏は29才でパリの名店「ラ・トゥール・ダルジャン」東京店のエグゼクティブシェフに就任。日本在住25年を越え、現在は『フレンチ割烹 ドミニク・コルビ』を営みながら、全国の生産者・食材を訪ね歩く料理界きっての知日派です。
一方の松場ご夫妻は、地元・石見銀山 大森町で「根のある暮らし」を実践し、人口約400人の集落に世界中から人を引きつける原動力となっている。そのうえ、自らデザインする衣料品ブランド『群言堂』は、都会で暮らす女性たちから支持され、今や全国30店舗を越す人気ぶり。
3人の話は料理から企業経営、まちづくりへと広がり、思わぬ共通項を見つけるに至ります。はたして世界の美食を食べ歩いてきたシェフは、山間の集落でなにを見つけたか? その模様をご紹介します。
“ 大事なところは、目に見えないんだ。
プロセスは、隠れてしまう。
結果ばかりに光が当てられるけど、全部を明るくすればいいんじゃない。暗がりにこそ価値がある。
そこを大切にやり続けると、お客さんにも分かって頂けるんじゃないかなぁ。
「暮らす宿 他郷阿部家」 松場 大吉
“ 私たちが本当にデザインしたいのは、洋服や雑貨品ではなく、暮らし方・ライフスタイルなのよね。
そこに若い人が魅力を感じ、集まってくれるのは、とてもうれしい。”
「暮らす宿 他郷阿部家」 松場 登美
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本日のおしながき
大吉・登美 本日はようこそいらっしゃいました。
コルビ 今日この町に着いて集落を散策しましたが、ずっと感心のしっぱなしです。日本のほぼ全県を巡り、外国人の中では地方をよく知っている方だと思いますが、これほど町全体で美しさを保っている所は、ほとんど無いのではないですか?
大吉 ありがとうございます。特に欧州の方は、ここを気に入ってくださるようで、フランスの著名なオーケストラメンバーでフルート奏者のご夫妻は、この町の空き家を購入し、移り住んでくださいました。本当にうれしいことです。
コルビ そのうえこの宿がある。お世辞抜きで、こんな場所に住みたいです。
大吉 コルビさんが移住するというなら、お手伝いしますよ(笑)
コルビ 今すぐには無理でも、いずれ東京の仕事を抑え、こちらをベースに東京と行き来できたら理想です。
登美 「暮らす宿 他郷阿部家」は、日本の旅館とは違うし、もちろんホテルではない。私の友人がこういったんです。
「旅をして最も幸せなときは、まるで自分の家であるかのように他者の家に迎え入れられたとき」。それでここを「暮らす宿」と名付けました。
登美 私たちはプロ料理人ではありませんので、高級レストランのような料理はつくれません。けれども、地元で手に入る食材を生かし、家庭料理を丁寧につくることで、少しでも我が家のようにくつろいで頂ければうれしい。
コルビ このピザは最高です! 今日1番。今のところ(笑)
登美 これは 玄米を生地にしたオリジナルのピザ です。なかに 奈良漬とシラス が入っています。暮らしも料理も、なるべくこの地に根ざしたものにしますが、郷土料理よりは家庭料理と呼んでいます。家庭の味を大切にしたい。
コルビ 料理はもちろんですが、食卓と台所が一体になったこの空間が、食事を一層おいしくしてくれます。
登美 お客さまが「おいしい!」という声が聞こえるから、スタッフが育つのです。私も毎日ご一緒しますが、お客さまから元気をもらいます。「毎日大変でしょ」といわれますが、全然そんなことありません。
コルビ フランスのレストランでは、料理人はずっと厨房にこもって、お客さんの顔が見えません。最後にあいさつはしますが、せいぜい数分の会話です。私はもっとお客さんと話がしたい。それで自分のお店は、「フレンチ割烹」といって対面式にしました。お寿司屋さんのスタイルです。
大吉 以前、アレックス・カーさんがいらしたとき、古民家は好きだけど、他のお客さんと一緒に食事するのは嫌だとおっしゃいました。けれどもこの食卓を囲んだ途端、グーッと元気になって…(笑) とても楽しんでくださいましたよ。
コルビ このスタイルは、フランスにもあります。
「Table d’Hote|ターブル・ドット」といいます。田舎の家庭に行って、家のオーナーと訪問者が一緒に食卓を囲むのです。
人生を豊かにする、幸せを生む時間 といわれます。
大吉 心が通うってことですよね。すばらしいです。
大事なところは、目に見えない。「健全な無駄」とは?
コルビ 私は15才のときから料理人として技を磨いてきましたが、いくら芸術のような料理をつくっても、人が幸せになれるかはまた別です。
ここは調理場も食卓も1つで、隣り合った知らない者同士が仲良くなって、乾杯する。まさにターブル・ドットです!
大吉 1日3組しか泊まれないので、ビジネスにはならないけど…
登美 おかげで、人生は楽しい!
大吉 「健全な無駄」といっています。一見、無駄だけれど、必ず先に意味がある。人生も経営も、毎日矛盾だらけです。強いも、弱いもあります。
それをマネージメントしなきゃいけない。つい、強い方に引かれてしまう。けれども私は、自分が完璧じゃないから、そうでない方を選ぶ。おかげで成長が見えるし、変化する楽しみがある。
登美 ここで暮らし始めた頃は、本当にお金がなくて……。ボロボロだった屋敷をなんとかしたくて、買う意思のある方を何人もご案内しました。けれども結局、皆帰ってしまう。
最終的に私たちが、責任をとる形になっちゃった。「私たちは家に選ばれた」と考えています。10年かけて、住みながら修繕したといいますが、お金がないからゆっくり向き合わざるを得なかった。今でも未完成です。
コルビ ここだけで商売するのは難しいかもしれないけど、このおかげで得られるものも大きいでしょう?
大吉 その通りです。私が東京へ行って、販促や情報収集するよりも、ここに来た方から教えて頂くことの方がはるかに多い。ここで学ばせてもらっているのです。
コルビ ビジネス会議よりも、本音が交わされる。大事なことは、こんなところで生まれてる。
大吉 大事なところは、目に見えないんだ。プロセスは、隠れてしまう。
結果ばかりに光が当てられるけど、全部を明るくすればいいんじゃない。暗がりにこそ価値がある。
そこを大切にやり続けると、お客さんにも分かって頂けるんじゃないかなぁ。
辺境に集う若者たち。「今、風向きが変わりつつある」
コルビ 料理も雰囲気もそうだけど、スタッフがすばらしい。元気をもらえます。地元の方ですか?
スタッフ 樽川さん 神奈川からきました。
コルビ なんでここで働こうと思ったんですか?
樽川さん 仕事ではなく、暮らしと向き合いたかったから……。
コルビ さすが! ここを選ぶ人は、いうことが違うね(笑)
大吉 非常にありがたいことなんだけれど、先日も社員募集をしたら、本当にたくさんの人が応募してくれて。しかも若い人ね。
うちは本業が洋服のデザイン(衣料品ブランド『群言堂』)ですけど、アパレル業界からの応募はほんのわずか。あらゆるジャンルの人たちが混ざり合う。その多様性に今、1番可能性を感じます。
登美 私たちが本当にデザインしたいのは、洋服や雑貨品ではなく、暮らし方・ライフスタイルなのよね。
そこに若い人が魅力を感じ、集まってくれるのは、とてもうれしい。
大吉 ここで商売を始めたときは、周りの人全員が反対しました。せめて出雲や大田市街でやれと。でも今は、都会の若い人はもちろん、世界各地からお客さまが来てくださる。
私はこの地から、次の日本の豊かさ・価値基準をもう一度問い直したい。その風向きが、変わりつつあるのを感じます。
「メガネを落とした日本人」 変えるべきものと、変えぬべきもの
コルビ 先ほどビデオで、この家がボロボロだったときの様子を見ました。よく残してくれました。
登美 あの家がこれほどになるとは、当時は夢にも思いませんでした……。奇跡です。
大吉 これは私がまだ30代の頃だけど、英語を習おうと思って、あるオーストラリア人に来てもらったの。その彼から、こう言われたんだよ。
「日本人は、本当にいいものを知らない。眼鏡を落とした日本人だ」って。
大吉 それで古い家に入って、それぞれが残したいものに印をつけていった。そしたら、私とは全く違うものばかりで、ショックでした。
英語を教わるつもりだったけど、結局、彼からは暮らしの基準を教わった。この町で生きていく術になった気がするね。
コルビ ただ古ければいいわけではない。
大吉 そう、まさに 不易流行。
この町の風土にあったもので、変えてはいけないものは何か? 同時に若い人が入ってきて、新味を求めることが無ければ、魅力は失われる。
そのバランス、価値基準を私は、職人さん、アーティスト、そして外国の方々から教わったように感じるなぁ……。
コルビ 私も今日、この町に来て、団欒(だんらん)の場をもつことでたくさんの元気と刺激をもらいました。
明日はそのぶん、私がガンバルよ!
どんな「ターブル・ドット」になるかね? 楽しみにしてください!
「今日の料理は、とにかく全てが最高!」とコルビシェフが最大級の賛辞を贈った「暮らす宿」の料理長・小野寺さん。
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足元にあるものを見つめ、丁寧に磨くことで価値を生む。小さな町の家庭料理が、来訪者の心をつかむ。それが可能なのだと『暮らす宿 他郷阿部家』は証明している。
コルビ氏からは、「これはやはり家庭料理ではないね。のどぐろは、ふつうの家庭では出ないよ!」 とツッコまれてはいましたが……。
阿部家の食卓からつよいインスピレーションを得たシェフは、翌日、『群言堂』社員皆さんに コルビ流「Table d’Hote|ターブル・ドット」料理をふるまうことに。
石見銀山 大森集落の風土、阿部家の家庭料理から受けたイメージを、コルビ氏はどう料理したか…? 次回、ご紹介します。
(つづく)