1日8時間〜9時間、誰とも話さず、ただ燃える炎とだけ向かい合っていたら、一体なにを考えるだろう? それが1日、2日だけでなく、毎日続くとしたら… きっと、今と同じ自分ではいられない。
出雲大社にほど近い、住宅地にある燻製(くんせい)屋「スモークハウス 白南風」(しらはえ) の青木章さんを訪ねたとき、そんなことを考えた。工房には青木さんの家族も、お店のスタッフもいる。全くしゃべらないわけではない。だけど、窯に火を焚(く)べたら、基本的に青木さんは一人きり、その前を離れない。ただひたすら、火と向かい合う。
火と対話する人。
「よほどの変わり者か、気難しい人だろう」。
失礼ながら、会う前はそう思っていた。
「火山は生きている」。活火山写真家から、燻製職人の道へ
「白南風」に着いて車を降りるとすぐ、心地よい薫りが鼻先をかすめる。燻香が、工房の外にまで漂いだしている。煙(けむ)いのとは違う。ずっと嗅いでいたくなる芳ばしさ。あとで青木さんに教わったのだが、それは「完全燃焼させた原木の薫りだから。生命を失くした木製チップでは、不完全燃焼し、こうはいかない」そうだ。
工房入口に掲げられた看板には、こう書いてある。「ORIGINAL SMOKE 人間の原初の火を焚きなさい」。 原初の火?
これは予想以上にムズカシイ人かも……。そんな予感を抱きながら、工房へ入った。
中は薄暗く、天井からうすく陽が差しこんでいる。燻煙が上る。正面にドンと向かい立った赤レンガの窯。表面が黒く煤けて、重厚感を増している。その前で、青木さんが迎えてくれた。
お愛想はない。ゆっくりと、言葉を選びながら話す。だからこそ、本音と分かる。相手が語るに足る人間か、見定めているようでもある。こちらもお世辞抜きでいこう。
ソーセージやベーコンは、一般に「添加物だらけ」とまでいわれるが、青木さんは防腐剤、発色剤、化学調味料 無しでつくる。この違いは、どんな技が生んでいるのか? ストイックにも見える青木さんの燻製づくりのルーツは、どこにあるか?
初見の人に話す内容ではないが、青木さんとは本音で語った方がいい。すると、思わぬ答えが返ってきた。「もともと火山専門の写真家だった。こんな本も出したよ」(写真集『火山は生きている』)。
防腐剤、発色剤、化学調味料など必要ない! 肉と魚の旨さを生かす燻製の技
大学で探検部に入った青木さんは、全国の山々、特に活火山に魅せられ各地を渡り歩く。卒業後もその探究心は衰えることなく、ついには日本に数名しかいない火山専門のカメラマンとして身を立てる。
1番思い出深いのは、トカラ列島で活火山の火口をのぞき込んだとき。地元の人が「危険だ」と止めるのを聞かずに、噴煙あがる火口近くまで近づいた。そして、地球の深淵から湧き上がる、エネルギーの滾りを見たという。
その青木さんが、なぜ今、燻製をつくるのか?
「写真で本物の炎の色は、映せない」。
「あなた、この炎と同じ色を、映せますか?」 こちらのカメラマンに向かって、そう問うた。
それからはカメラを置き、窯の前で炎と向き合うことを選んだ。自然の力の深淵を、のぞき見てしまったから。自分の仕事が本物に届かぬなら、カメラを置く。そう決断する人だから、燻製づくりでも本物を求める。納得できる本物しか作らない。
● 原料の魚や肉はすべて、島根県産
生命あるものだから、鮮度は大切
● 炎を燃やす木は、原木のみ(楢や桜を使い分ける)
チップではなく、密度の高い原木でゆっくり時間をかけて燻す
● 防腐剤・発色剤は不要
火と煙を生かせば、発色も殺菌も自然の力だけで可能
● 味付けは、岩塩と胡椒のみ
化学調味料 無添加
数え上げればきりがないが、燻製職人・青木さんの30年以上にわたる技術と研究が、この燻製には凝縮している。
フレンチの巨匠も認める本物の味
この日「白南風」には、フランス料理界の重鎮、ドミニク・コルビ氏が同行していた。到着直後、外にまで広がる芳香を嗅いで以降、終始ご機嫌だったシェフだが、話を聞くほどに興味と食欲をそそられ、我慢しきれずに「そろそろ試食を…」と催促した。
最初は物静かに見えた青木さんも、話が進むにつれすっかり饒舌になり、予定の時間を大きくオーバーしていた。そうしてありついた白南風のベーコン、ソーセージ、ジャーキーの味にコルビシェフは「いいね!」とご満悦の表情をうかべている。
静けさの中で炎と向き合うと、人は哲学者になる?
青木さんが燻製の魅力と出会ったのも、トカラ列島でのこと。現地の人が地魚を燻って燻製をつくっていた。その味が、衝撃的においしかったという。それから見よう見まねで燻製をつくり、独自の工夫を重ねて今に至る。
そのせいか、肉よりも魚の燻製に愛着があるようで、「高級魚よりも、名前も分からない亜熱帯の魚の方が、燻製にすると抜群にウマい! このへん(出雲近郊)ではほとんど揚がらないけど…」と残念がっている。
数日前まであったアゴ(とびうお)の燻製は、とても評判がいいそうだが、あいにくこの日は品切れだった。地元の漁港でいい魚が獲れたときにだけ、青木さんが手作りするので大量生産はできない。販売も不定期。運良く巡りあえたときは、迷わず入手した方がいい。
工房入口に掲げられた「原初の火を焚きなさい」の言葉は、詩人・山尾三省のもの。東京から屋久島へ移住し、自然な暮らし(自然農法)を実践した山尾三省の詩が、工房内にも掛けられていた。
“ 人間は 火を焚く動物だった
だから火を焚くことができれば
それでもう 人間なんだ
火を焚きなさい。人間の原初の火を焚きなさい ”
物静かに見えた人は、なかに熱いマグマを湛えていた。その情念を火と木(煙)に託して、今日も最上の燻製づくりを目指して、炎と向かい合っている。
ドミニク・コルビ氏と行く「In Search of Japan’s Beauty 〜 美しい日本を探して」。
旅は、奥出雲 石見銀山の小さな集落へつづきます。
青木さんのベーコン、ジャーキー、ソーセージを生かして、シェフが特製料理を披露します!
「スモークハウス 白南風」青木章さんの燻製、販売スタートしました。