今月の「プレジデント オンライン」に『渋滞3時間を10分に短縮した吉野山の偉業』という記事が掲載され、「とても良い取り組み!」という声がホリエモン氏をはじめ、ウェブ上に多く出ていたので目を通しました。
私自身、吉野町とはご縁もあり、できることなら花見にも… と思っていましたが、地元知人から「無理ムリ!宿なんて空いてないし、スッゴイ渋滞!」と言われたので諦めていたのです。そんな中、「渋滞3時間を10分に短縮した」偉業と聞いて「ん??」と思ったわけです。
神戸大学大学院教授によるこの記事は、吉野町の人口を500人とミスリードしかねなかったり(実際には 7,000人以上)、JTBを賞賛しながらも、なぜそれほどの実績にも関わらず町との契約は解消されたか? という点には触れておらず、論文としては些か疑問も残るのですが、地域の観光マーケティング、交通需要マネージメントについて示唆することが多いので、備忘録も兼ねて整理しておきます。
まず、今回の吉野山の事例における課題は、主にこの3点です。
1. 桜の開花期に観光客が集中することによる渋滞発生
2. 渋滞に伴う滞在時間中の満足度低下
3. 地域住民の不便性増大(生活の質の低下)
快適な旅が出来ない結果として、再訪の可能性が減ったり、(私のように)行くこと自体を諦める「チャンスロス」が発生したりもします。
3点それぞれの主たる対象者(サービス低下を被る人)が
1:観光地全体 2:外部からの観光客 3:地元住民 という具合に異なっていることに注意です。
問題となる「当事者」と不便を被る「被害者」という「二項対立」であれば、前者を調整することで解決に近づきます。しかし、関係するプレーヤー(利害関係者)が多数に渡る場合、調整の難易度がグッと上がります。
しかも、地元民としては、観光客に来て欲しくない訳ではない。むしろ来てくれないと(地域経済上)困るのだが、集中して来られるのが困るということ。(都合のいい話だが「ほど良く来て欲しい」 )
この「分散化」「平準化」という課題は、集客力のある観光地であればどこでも(程度の差こそあれ)抱える悩みです。
そこで「エリアマネージメント」「交通需要マネジメント」という言葉が出てきます。
同記事で特記すべきは、
● 収容能力を超える来訪者は、観光の質全体を悪化させる
● 観光は個々のコンテンツ競争(自社商品やサービスが良ければいい)ではなく、滞在時間中の価値を高める「総合プロデュース」(エリアマネージメント)の勝負になっている
という指摘です。
この認識に基づき、民間企業に成果報酬型で業務委託し、コスト(駐車場の維持・管理)を収益(事業)化したことが、今回の「吉野山の偉業」の裏にあります。
もう少し具体的に見ます。
【交通需要コントロール】
まず、そもそもの交通渋滞の直接的原因となる「フロー」(流入)を調整すべく旅行会社・JTBが動きます。
● 駐車料を「協力金」として、一般車は ¥500 → ¥1,500 に
観光バスは ¥3,000 → ¥15,000 に大幅値上げ
● 駐車場を予約制にし、状況に合わせて指示を出す統括責任者も設置
これにより、常態化していた20キロ以上の渋滞(到着まで3時間)が、わずか10分に短縮されたといいます。
すごい効果です。
【エリアマネージメント】
前述のように観光地においては利害関係者が多岐にわたるので、調整が難航します。しかもピンポイントで魅力を磨いても(個々で自助努力しても)、地域全体としての快適性が損なわれれば来訪者の不満は高まるため、各者の利害を調整する「エリアマネージメント」が重要になります。ここでもJTBがイニシアチブを発揮し、
● 各関係者と交渉を重ね、顧客(観光客)目線で
「交通需要コントロール」に協力する了解を取り付ける
● 万が一、赤字になったら自社が負担するリスクを引き受ける
(行政との契約は、成果報酬型に変更)
これらの実践(すり合わせ型マネージメントともいう)により、渋滞の常態化という「地域、観光客、住民」誰も得しない悪循環を「三方良し」の関係へ転じたことが「吉野山の偉業」です。
最大の貢献者は「赤字になったら責任を取る」と言ったJTBでしょう。
何かを変革しようとしたら、誰かが音頭(リスク)を取らねばならない。理屈では明白なことも、実践するには誰かが汗をかく必要がある。
これは観光に限らず、どんな組織でも同じです。それを実現したのがJTBであり、当時の担当者だったということ。(ならば何故、JTBとの契約は解消されたか?の疑問は残ります。やはり現場においては、利害が錯綜し、誌面のようにキレイには収まらなかったのかもしれません。推測ですが… 今度、地元の人に訊いてみます)
こちら、北海道ニセコのレポート『もう日本人の出る幕なし?外国人だらけのニセコに見る日本の未来』と合わせて読むと、さらに理解が深まります。
「エリアマネージメント」の視点から、駐車代の値上どころではない、もっと大胆な策を次々に実践しています。
(ランチの海鮮丼が 5,000円にもなると、“ふつうの日本人”では近寄れなくなります)
「地域ブランド化」「選択と捨象」という観点からは、こうしたマネージメントもアリ(そうでもしないと尖った差別化にならない)ということですね。
<今日のポイント>
ピンポイントのコンテンツ競争から、滞在中の時間価値を高める「地域プロデュース」(エリアマネージメント)が益々重要になる