【吉野町 #3】「賞味期限は10分。」ここに来なければ食べられない、本物の「吉野本葛」を学び、食す、世界に1つの葛道場

町の名前と料理/食材の名称が同じになった例はいくつかある。「吉野葛」は、その典型だ。それほどに吉野町と吉野葛の関係は深い。伝統的な葛もち、葛まんじゅうをはじめとする和菓子を扱うお店はいくつもあるし、体調が悪いときの滋養強壮に葛湯を飲む生活の知恵も長く受け継がれている。

しかし、製品化された「葛」を知る人は多くとも、それがそもそも何から、どのように作られるかまでを知る人は少ない。そして現代の(特に都会の)生活において、徐々に「葛」が日常のシーンから消えていっている感は否めない(最後に自分で葛を手に取り、調理したのはいつだろう?) そんな状況を肯んじず、葛の魅力を伝えることに情熱を燃やす人がいる。

「せっかく来たんだから、学びが要りませんか?僕たちは物語を売らないと(伝えないと)いけない」。吉野山 金峯山寺 蔵王堂前にある、中井春風堂の店主・中井孝嘉さんは、そう言ってから、まるで噺(はなし)家さんのように流麗に語りはじめた。

葛の木の根にあるデンプンを抽出し、固めたものが「葛」。粉状にしたものが「葛粉」。葛の根100%でつくったものが「吉野本葛」。サツマイモ等他の甘藷デンプンを混ぜたものが「吉野葛」。これは美味い・不味いの違いではない。用途によって使い分ける。

中井さんはよどみ無く語り、次々に話のひき出しから新たな言葉をつむいでいく。カウンター越しに見る中井さんが「葛道場」の先生に見えてくる。

なにしろこのために専用の対面式キッチン(新店舗)を作った人だ。熱量が違う。

一瞬で全てが消える!? 本当に美味いのは、わずか10分。その美味しさをこそ、伝えるのが務め

最初は白色だった吉野本葛が、温まるとともに透明に変わっていく。湯につけると一瞬で消えるが、そこには確かに在る。

予備知識のレクチャーを受けたら、いよいよ「実技」だ。
手際よく葛粉と水を混ぜ合わせ、「いいですか、一瞬ですよ。写真を撮るなら、逃さないでくださいね」。そういって中井さんが水で練った葛を湯の中に浸けると、突然全てが消えた。

「これを糊化(こか)といいます」。
消えたのではない。一瞬で透明になり、見えなくなったのだ。

冷めるとまた、白くその姿を現す。
透明で滑らかな状態が、1番うまい。

その時間、わずか10分。
「だから賞味期限10分です」。

消えたと思った「葛」は、確かにそこに在った。その姿が徐々に現れてくる。温度が冷めるとともに、白濁色になって見えてくる。

目の前で鮮やかなマジックを見せられた子どものように、呆気にとられ感嘆していると、「冷める前に食べてください」と促される。

そうだ、このためにわざわざ実演してくださったんだ、と我に返り、最高の葛きりを黒蜜ときなこで頂く。

葛の味といっても、葛は白い塊で無味無臭。そうとしか思い浮かばない人が多いのではないか?温めると無色透明になるとあらば尚のこと印象には残りにくい。

ところがその葛こそが、ここ中井春風堂では主役となる。しかも材料は、葛と水のみ。ごまかしようがない。正々堂々、葛の味のみで、お客さんを唸らせるしかない。

それをこの中井孝嘉さんは、やってのける。葛菓子をつくる葛職人であると同時に、お客さんを唸らせ、喜ばせるエンターテイナーである。

ただのライブパフォーマンスと違うのは、美味しさを楽しませつつも、どこかしら凛とした空気が漂っていること。中井さんの本気が伝わってくるからだ。ライブステージでありながら、真剣勝負の「道場」にも思えるのはそのせいだ。

「美味しさ」と「美しさ」が、重なり合うとき。「葛道」を追求した先に見えるもの

それにしても何故、中井さんはこれほどに「葛」に情熱を傾けられるのだろう? 職業 ー 葛職人、趣味 ー 葛遊び(葛を極めること)。人生を葛に懸けている。

「葛って美しいと感じるのは、いつだろう」「葛って美味しいと感じるのは、いつだろう」
いつも自分にそう自問しているという。

問いつづけているからこそ、気付きがある。

「葛きりが透明になる瞬間こそが、美しい」
「作りたての葛餅や葛きりが究極の美」

その究極の美のイメージを頭に思い描きながら、目の前の葛菓子に息吹を吹きこむ。
「美味しさ」と「美しさ」の間を行き来している。求道者でなくてなんだろう。

吉野本葛の「美味しさ」と「美しさ」に触れ、中井さんの話に酔いしれていると「来てよかったなぁ」と思う。
「葛きりの賞味期限は10分」でも、その美味しさと交わした会話は、この先ずっと記憶に残る、一生ものだから。

やはり、吉野には来た方がいい。そして金峯山寺に詣でたら、蔵王堂前の中井春風堂で吉野本葛の魅力に触れるべし。
そう思った。

 「葛屋 中井春風堂」
 ーーーーーーーー
【住所】 奈良県吉野郡吉野町吉野山545
【TEL】 0746-32-3043
【営業】 10:00~17:00(オーダーストップ 16:30)
 水曜定休(冬期は土曜・日曜のみ営業)

関連記事

  1. SN26

    【木曽町 #4】掟やぶりのヨーグルト『SNKY|スンキー』と豆乳『SN26』に専門家も驚き!

  2. 岩城島「青いレモン」

    【岩城島 #1】瀬戸内海の岩城島「青いレモンの島」® となる。立役者・レモン博士とは?

  3. ながめやま牧場

    【飯豊町 #4】東北初の完全放牧による、ながめやま牧場の牛乳&ミルクジャム

  4. 神田和明さん

    【大玉村 #3】世界を股にかけた船乗りは、大玉村で農家になった。神田ファームの「命の野菜」

  5. yubeshi

    【十津川村 #3】長寿の国の食べもの見聞録 〜「ゆうべし(柚子釜)」

  6. 『旬菜みそ茶屋 くらを』

    【横手市 #1】こうじ味噌屋の母から娘へ「疲れたときは帰ってきなさい。私が元気にしてあげる」

  7. 【田野畑村 #1】今こそ1番ウマいとき! 北三陸の漁師たち自慢の「ワカメしゃぶしゃぶ」を味わうなら今

  8. 香月

    【飯豊町 #5】人気菓子店「香月」は、兄・和菓子、弟・洋菓子を通して町を元気にする!

  9. 富士見堂せんべい

    【東京 下町】富士見堂せんべい・佐々木社長に聞く「東京・江戸ブランドが今、求められている」

  1. 南三陸町復興公園

    【3日間限定|送料無料】南三陸の美味「酒肴セット&オリーブオイ…

    2021.03.11

  2. 愛媛県上島町・岩城島の柑橘

    「今すぐ、あるだけ全部送って!」プロが全量買いつけたフルーツと…

    2021.03.02

  3. 和菓子の侘び寂び 〜「香月のイチゴ大福」は眺めたあとに舌鼓

    2021.02.28

  4. あと2週で終了「これが本物か!」と驚くワカメしゃぶしゃぶの旨さ

    2021.02.21

  5. うれしい誤算… 季節をめぐる完熟ジャムが次々に売り切れる

    2021.02.16

  1. 開田高原の味噌漬カマンベールチーズ

    『味噌漬モッツァレラチーズ』は2人の発酵職人が生みだす「発酵の…

    2019.12.08

  2. 西日本豪雨、被災から1週間 〜 支援物資より義援金を!

    2018.07.14

  3. 朝ごはん

    「何を買うかより、誰から買うか」。僕たちはもう、おいしいだけの…

    2019.05.27

  4. 青いレモンの島・岩城島のレモン

    【SHOP】青いレモンの島・岩城島のレモン 1kg 750円〜

    2019.04.14

  5. 青いレモンの島のマーマレード

    【SHOP】2色の完熟レモンマーマレードは、レモンと砂糖だけで作っ…

    2019.12.02

「上島町 岩城島」特集

岩城島バナー

「あちの里」特集

阿智村特集

「山形県 飯豊町」特集

飯豊町BOOKバナー

「福島県 大玉村」特集

大玉村BOOK
メルマガバナー