十津川村で目にするものは、何もかも霞がかって神秘的に映る。
訪ねた時季(2月)のせいもあるだろうが、木々が風に揺れる音、水のせせらぎ、鳥のさえずり……。四方を山に囲まれ、常に人ではなく、別のものの気配を感じることが理由かもしれない。
いずれにせよこの村に来ると、秘境・異境に自分が足を踏み入れているんだと、強く意識させられる。
「この先に、ちょっと変わったキノコをつくる人がいます」。そう案内されて、訪ねた先で見たのは、まさに異境でしか育たんだろう… と思えるほど、およそキノコのイメージとは相容れない、異郷ならぬ異形のキノコだった。
とにかく異様に大きい。ジャンボマッシュルームとか、ジャンボ椎茸とか呼んで地場産キノコを売り出している地域は他にあるが、ここ上湯川地区で代表の岡本章一さん達がつくるキノコほど目を瞠るものにはお目にかかったことがない。
大きさもさることながら、もう1つ圧巻なのが、その樹(菌)勢というかキノコの勢い(生命力)だ。もの凄い勢いで、成長しているのを感じる。まるで目の前でグングン伸びる様が見えるようだ。
山のなかでホタテ狩り!? その正体は…
たかが(といっては失礼だが…)キノコに圧倒されるとは思いもよらないが、この壁一面から伸びてくる「秘境キノコ」を前にすると、その圧倒するほどの力を感じずにはいられない。
例えば、エリンギ。ふつうは軸にそって縦にスライスするのが一般的だ。しかしこの「秘境エリンギ」ほどのサイズにもなると、横に輪切りにした方が楽しい。
表面に隠し包丁で切りこみを入れ、オリーブオイルでサッと炒めると、どう見てもホタテの貝柱焼きにしか見えなくなる。
そして、このような“ホタテの貝柱焼き”にすると、シコシコしたエリンギ独特の食感が一層際立ち、まずは目で見て楽しみ、そして食べて驚き、さらには食感&旨みを満喫するという、3重の喜びを味わえる。
野菜炒めにしても、一瞬、鶏ムネ肉かと思うほどの存在感を放つ。もはや料理の主役だ。
「秘境キノコ」をつくる男。研究を重ね30年。さらなる高みを目指す!
大の男が両腕で抱えても僅か3袋で一杯に!キノコの壁にもご注目
この驚くべき「秘境キノコ」をつくっているのが、岡本章一さんとその仲間たちだ。
「よそはほとんどが、80日程度で収穫する促成栽培でしょ。うちは広葉樹をつかってじっくり120〜130日かけて旨みを熟成させています」と、岡本さんが説明してくれる。
つまり、本当にスゴいのは、大きさではないのだ。食材として最も肝心な「おいしさ」が備わらなければ意味がない。そのおいしさを追求し、水と空気が清澄なここ十津川村の山奥で栽培するからこそ、こんな“お化けキノコ”ができるのだ。
ただし、この巨大さと旨さの秘密は、それだけでは説明できない。気候と栽培期間だけが問題なら、理屈上は他所でも同じものができる。もう1つ「秘中の秘」とも言うべきものが、菌床の酵母にある。ただし、それはさすがに企業秘密でここに書くことは出来ない(聞いてはしまったが……)。
兎にも角にも、ぜひこの圧巻の「秘境キノコ」を体感して欲しい。キノコを食べるのが、きっともっと楽しくなる。