飯豊町にある「ながめやま(眺山)牧場」は、完全放牧で乳牛を育てる東北初の牧場だ。
180ha(東京ドーム約38個分!)もある広大な敷地を牛たちが、勝手気ままに歩き回り、草をはみ、水を飲み、寝る。ストレスフリーで、さぞ心地よいだろう。良い乳も採れるに違いない。
そんなほのぼのと、絵に描いたような牧歌的風景が見られると期待してやってきた。
唯一の気がかりが、天候。
雨がふり、泥にまみれてしまったら、だいなしだ。その天気が見事なまでの晴れ模様。これで万全と思いきや……
「今日は暑すぎて、牛たちは皆、牛舎から出てこないですね。」
場長の松岡健さんから、そう告げられてしまった。
せっかくの快晴が、かえって仇となった。
そよ風吹く小高い丘に、牛が1頭も、いない……。
仕方がない。ガッカリして牛舎に向かう。
勝手気ままな牛たちは、人の都合など知りはしないのだ。
牛舎といっても、ながめやま牧場の牛舎は広々と開放的で、一般的にイメージされるゲージ(柵)に囲まれた狭い小屋ではない。
これだけのスペースがあれば、牛たちが皆、集まっても快適に過ごせる。日射しを嫌い、避難してくるのも無理はない。
ホルスタイン(黒と白のまだら模様の牛)に混じって、10頭弱のジャージー(全体が茶色の牛)もいる。ジャージーは人懐っこい牛のようで、「なに、なに?」と訊くかのような顔をして近づいてくる。ちょっと柴犬のようで、カワイイ。
ホルスタインは、我関せずとばかりに、牛舎の奥にいて見向きもしてくれない。
そんな中、1頭のホルスタインだけが、入口に近いところに横たわっているのに気づいた。
お腹を大きく上下させ、ときどき呻き声をあげている。
様子がへんだ。
よく見ると、尻尾のあたりから何か出ている。
尻尾にしては太く、まっすぐ棒のように伸びている。
牛自身のものではない。
別の牛の脚が突き出ているのだ。
まさに、出産の瞬間。
新しい命が、今、生まれ出ようとしていた。
目の前で思いがけず、新しい命が生まれ、光を浴びている。
月並みないい方だが、やはり感動的だ。
母牛はこれが初産だったらしく、自らも驚いた様子で、産み落としたあと子牛に顔をよせはしたが、どうしたら良いか分からないようで離れていってしまった。
場長によると初産の牛には、めずらしくない行為らしく、別の牛が気にかけて近づいていく。
生まれたばかりの子牛は、じっとうずくまり、声もあげない。
ただ、目をパッチリと開き、はじめて見る世界を、自分になにが起きているのかを、分かろうとしているかのようだ。
そんな感傷にふけっていると、パーラー(搾乳室)への扉が開き、牛たちが動き出した。人に導かれずとも、パンパンに張った乳を搾ってもらうべく、自らパーラーへ向かうのだ。
「早くしてくれ」 といわんばかりに、アッという間に行列ができた。
ここながめやま牧場の搾乳機には、大きな特徴がある。
まるで遊園地のメリーゴーランドのように、クルクル回るのだ。
ちょうど1頭が入るサイズの小さなスポットがいくつもあり、牛が自分で入っていく。すると、人が乳房に搾乳機をセットして、時計回りに回転する。また次の1頭が空いたスポットに入り、回転し、その繰り返し。
上から見るとまさにメリーゴーランドのよう。
牛たちはいたって気持ちよさそうに、おとなしくしている。不思議な光景。
牛たちと目が合った。
「なに見てんのよ。気持ちいいのよ。」そう言ってるかのようだ。
(もちろん言葉は分からないけど、その静かな様子からは不満げな気配は感じられない)
そうして搾られた「ながめやま牧場」のミルクは、よその牧場のミルクと混ぜられることなく、その日のうちに専用タンクで運ばれ、低温パスチャライズ殺菌(75°C15秒)される。
それほどの手間をかけて出来上がるのが、日本初「放牧酪農牛乳」認証を取得した『ながめやま牧場の放牧酪農牛乳』であり、その牛乳を煮つめてつくる地元・人気菓子店「香月」さんとのコラボで生まれた『ながめやま牧場のミルクジャム』だ。
この贅沢極まりないミルクジャムについては、次回「香月」さんのレポートと併せてご紹介するので、ぜひご覧いただきたい。お楽しみに!