ようやく少し涼しくなってきたとはいえ、今年の夏はとにかく暑い。暑すぎだ。
連日猛暑がつづき、かつては体に悪いとされた就寝中の冷房使用さえ奨励されるようになった。
ここのところ毎年のように「記録的猛暑」と聞いている気もするのだが、とにかくこの暑さのなかで困ることの1つが「食事」だ。食欲が失せる。かといって、食べねば体力が消耗し、なおのこと暑さに耐えられない。
どうするか?
最近ちょっとしたブームになっているのが「飲む点滴」といわれる甘酒で、これは確かに栄養価が抜群で、夏バテ防止にうってつけの優れものだ。
そのうえ美容・美肌効果もあるとなれば、飲まぬ手はない。
この「飲む点滴」というフレーズを使いだし、夏こそ「冷たい甘酒」を!と長きにわたり唱えつづけてきた発酵学の第一人者が、東京農業大学の小泉武夫 教授。
甘酒市場が急拡大したのは、せいぜいここ2〜3年のことだが、小泉教授はゆうに20年も前から「夏こそ甘酒」を主張してきた。
5年ほど前、食品販売会社にいた私は、小泉教授の言葉に感化され社内で「夏に甘酒を売り出すべし!」と主張したが、「なにをバカな!」とまるで支持を得られなかったのでよく覚えている。当時、どのスーパー・小売店を見ても、甘酒など置いていなかったのだから。
ちなみに小泉教授がどれほど甘酒をオススメしているかというと、小泉流「孫を美人に育てる十ヶ条」の第一に挙げていることからも分かる。参考までに十ヶ条を掲載しておくと…
小泉流 『孫を美人に育てる十ヶ条』
一. 天然のビタミンドリンク、甘酒を飲もう
二. 味噌を食べてシミ防止、いつまでも若々しい肌に
三. 漬物のミネラルでイライラ防止
四. ヨーグルトで腸内から美しく
五. チーズを食べてダイエット
六. 糀(こうじ)パワーで色白、もち肌に
七. お酢で便秘解消
八. 発酵茶で心身のバランスを
九. キムチで美しくスリムに
十. 納豆を食べて皮膚炎を防ぐ
(小泉武夫・著 『食で日本一の孫育て 虎の巻』より)
「日本一の手みやげはこれだ!」甘酒部門 堂々の第1位!美吉野酒造の「酒蔵古流こうじ あまざけ」
さて、その甘酒だが、小泉教授のいる東京農業大学で発酵学を学び、酒づくりに情熱を燃やす人が、吉野町にいる。
美吉野醸造の4代目で、杜氏でもある橋本晃明 専務だ。今年40才を迎える若さだが、その情熱と見識は話す随所から伝わってくる。
蔵目線で農家さんに対して、自分の欲しいものだけを求めてはいけないと思うんです
自分の都合、作りたいものに合わせて素材を集めるのではなく、こういう山や水だからこんな酒がつくれるよね… と、今あるものを良く知り、それらを享受する形で出来上がるものを楽しむ。
結果、自分が思い描いた味とはズレるかもしれないけど、その “ブレ幅” も含めて土地の味ですし。それを楽しむ気持ちって、大事だし、おいしさにも必要な要素だと思います。
自分の蔵だけでなく、米をつくる農業のこと、山と水を育む林業のことまで考え、一連の産業・文化として捉えている。
考えるだけでなく、アクションにまで移しているところが素晴らしい。
休耕田が増えているからと、米農家と連携して「吉野米」を広げるプロジェクトを進めているし、酒桶をつくれる職人が全国にほとんどいなくなっていることを危惧し、その技が途絶えないように、クラウドファンディングを通して率先して資金と有志を集め、実際に木桶を発注してもいる。
そんな美吉野酒造さんが今、日本酒と並ぶもう1つの柱として力を入れているのが「甘酒」だ。(ちなみに日本酒の代表銘柄は、純米大吟醸「花巴」(はなともえ)。酒屋さんで見かけた際は、ぜひお試しを!)
蔵元ならではの「糀」(こうじ)を生かして、奈良県産100%のお米(でんぷん)をゆっくりと糖(ブドウ糖)化させている。甘さは全てこのお米からでる天然のブドウ糖で、砂糖はもちろん保存料・添加物も一切加えない。水は大峰山系 伏流水の湧き水で、原料は以上、米、糀、水のみ。
画像:美吉野酒造 Facebookより
その美吉野酒造さんの「酒蔵古流こうじ あまざけ」は、昨年、雑誌『BRUTUS』(ブルータス)12/15号の 『日本一の「手みやげ」はこれだ!』特集において、甘酒部門 堂々の第1位に輝いている。
審査員は、秋元康、松任谷正隆、酒井順子、佐藤可士和といういずれも業界第一人者で、全員が実食して選出しているというから、「酒蔵古流こうじ あまざけ」がどれほど高いお眼鏡に適ったのか伺い知れよう。
「今年の夏はこれ(柿の葉ずし)ばかり食べて暮らした。」
この日はもう1軒、猛暑の日にうってつけ!という、吉野町ならではの食に出会っている。今や全国区の知名度を獲得した「柿の葉ずし」だ。その代表的老舗「総本家 平宗」さんを訪ねた。
「柿の葉ずし」がこれほど有名になった理由には、文豪・谷崎潤一郎が紹介したことが大きい。美食家としても知られた谷崎は、『陰翳礼讃』のなかでこう書いている。
先だっても新聞記者が来て何か変った旨い料理の話をしろと云うから、吉野の山間僻地の人が食べる柿の葉鮨と云うものの製法を語った。 (中略)… 鮭の脂と塩気とがいい塩梅に飯に滲み込んで、鮭は却って生身のように柔かくなっている工合が何とも云えない。
東京の握り鮨とは格別な味で、私などにはこの方が口に合うので、今年の夏はこればかり食べて暮らした。
山に囲まれた吉野地方において、新鮮な海の幸は貴重で、紀州・熊野から狭隘な山路を越えてようやく届けられた。希少だからこそ、より一層おいしく食べる知恵が発達した。その典型が「柿の葉ずし」だ。
今は、谷崎が紹介した鮭だけでなく、サバや鯛、穴子などさまざまなバリエーションが増えているが、いずれも柿の葉でやさしく包むことで、魚の脂とご飯の湿り気(しっとり感)、そして葉の香りがうまく交ざり合い、なんとも涼やかな気持ちにさせてくれる。
風味だけでなく、葉の抗菌機能(抗菌性ポリフェノール)により、保存性・利便性(輸送・携行性)まで高めている。
今では奈良市内はおろか、県外の百貨店等でも専門店を見かけるから、高級土産か贈答品というイメージがするが、もともとはここ吉野を中心に各家庭でつくる郷土料理、おふくろの味だったのだ。
それにつけてもこんな塩鮭の食べかたもあったのかと、物資に乏しい山家の人の発明に感心したが、そう云ういろいろの郷土の料理を聞いてみると、現代では都会の人より田舎の人の味覚の方がよっぽど確かで、ある意味でわれわれの想像も及ばぬ贅沢をしている。
谷崎がこう書いたのは、もう半世紀も前のことだ。
「(都会の人より田舎の人の方が)われわれの想像も及ばぬ贅沢をしている」
地方を巡っていると、本当にそう思うことが多い。
都会では高級食材やレストランなど、お金を出せばいくらでも贅沢できるが、ふだんの食卓に並ぶ料理や食材から季節の恵みを感じたり、しみじみと豊かさを実感することはあまりない。
残念なことに田舎であってもへんに “都会化” してしまって、食事が荒んでいる地域も少なくないが、だからこそ、こうした風土や文化を受け継ぐ人と地域は、大切にしたいし、もっと知って欲しいと思う。
平宗さんでは、もう1つ吉野というか奈良らしい料理がふるまわれていた。それが、「茶粥」(ちゃがゆ)。
「お茶」はもともと中国から薬として伝わったものなので、体に良いのはもちろんだが、そのお茶を養生食の代表格「お粥」といっしょに頂くのだから、茶粥は「医食同源」「薬食同源」そのものだ。
しかも、お粥は粥だけで食べることはほとんどなく、大概の場合、梅干しや漬物が添えられているから、なおのこと体に良い万能食となる。
前述の小泉教授の言葉を借りるなら、朝粥は「最高の養生食」であり、長命をもたらす理想的な「100歳 万歳食」である。
実際、平宗さんでいただいた茶粥には、梅干しに大根と青菜の漬物、そしてごま豆腐とワサビまで付いていた。朝食の“模範解答”のようなものだ。
同席した地元の方に、ふだん家でも茶粥を食べるのか訊いてみたところ、「うちは少なくとも週1で、食べてるわよ。専用の土鍋もあるし」とサラッとおっしゃった。
もう1人の若い男性は、「マジっすか?」と驚いていたけれど……。
いずれにせよ、「甘酒」「柿の葉ずし」「茶粥」など、身近に昔からある素材を上手くとり入れ、現代の暮らしに生かす知恵は、じつに滋味に溢れ、風情のあるものだとあらためて感じ入る。